« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月 アーカイブ

2009年09月01日

辞表保留と夢と恩


(Wikipedia 英語版より写真を引用)

 僕の夢はヒマラヤにあります。

 仕事を辞め、この秋に6000m峰に登るつもりです。

これまでの単独行の総集編として、単独で6000m峰に登るつもりです。



 そして今日、先日出した辞表が保留になり退職にストップがかかりました。


 今の僕の現状をみれば、この秋に6000m峰に登ることは不可能でしょう。

今の僕は6月の事故で痛めた背中のケガがまだ癒えてなく

ヒマラヤどころか北アルプスも満足に登れない状態です。

北アルプスどころか近所の低山を登った翌日には吐き気と痛みに襲われます。

 冷静に考えれば傷が癒えるまで職場に残るほうがいいでしょう。

そして傷が癒えてから再スタートを切ったほうが登頂の可能性も上がると思います。



 会社が僕を引き止める本当の理由はわかっています。

 それは会社が僕個人の能力を必要としているからではなく

僕の後ろ、正確には僕らのチームの後ろにある数億のお金が欲しいからです。

 だけど、そんな裏事情が分かっていても

黒歴史を歩んでいた僕を引っ張り上げてくれた会社に恩を感じているし

自由に仕事をさせてくれた直属の上司にも感謝しています。

大阪本社のK氏、東京本社のO氏にも感謝の気持ちで一杯です。


 僕を引き止めてくれるその人たちの顔を思い浮かべると

裏事情が分かっていても夢が揺らぎます。




 何が正解かは分かっているんです。


 傷が癒えるまで今の職場に残り

会社がお金を掴むまで協力し

僕の身体も会社の願いもすべてがクリアーになってから

ヒマラヤに向かうことが正解だということが。







 僕は生まれつき身体があまり丈夫ではありません。

 そして年々身体がボロボロになっていっていることを自覚しています。

 おそらくあまり長生きはできないでしょう。

 そんな僕にヒマラヤを目指せるチャンスがあと何年あるだろうかと考えると

贔屓目に見てもあと10年はないと思えます。

 自分の身体と正直に話をすれば

おそらくこの5年が勝負だろうという答えが返ってきます。



 そして、今年目標にしている6000m峰はあくまで夢の始まりで

いくつかのステップを踏んだあと

最終的にもっと高くもっと険しい山に登りたいと思っています。

 残された時間があと5年と考えれば

その最後の夢の山へ向かうためには1シーズンも無駄にはできない。



 夢と身体と仕事と恩、それらの狭間でゆれています。  



« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月05日

出発確定


ぐり~ん♪手書き (シャッター速度 1分 絞り 2段絞りくらい ISO感度 ちょっと不安)


 いろいろありましたが辞表が受理されました。

 そんなこんなでネパール行きが確定しました。

 予防接種などの具体的な動きも開始しました。


以下は別のところで書いている日記の転載です。



 
 航空券の予約が完了しました。

 シンガポール航空、シンガポール経由カトマンズ行きです。



 えーっと、白状しておきます。



 初の海外旅行です。



 初の海外旅行で47日間のネパール一人旅です。


 無茶です。


 実際はネパール山岳会の規約上、僕が目指す山はシェルパ(ガイド) を雇わなければならないので一部行程のみ一人旅ではありません。

 ただシェルパの方と一緒に行動するのは47日間中8日間のキャラバンだけで、登山自体もベースキャンプから上は単独で登ることになっています。



 あ、あと英語もネパール語も話せません。

(;´д`)


 基本的に笑顔と愛と勇気で乗り切るつもりです。


 これから出発までの約一ヵ月半で日常英会話とネパール語の超基本会話を覚えるつもりですが、これらの勉強も独学でやるので文法や単語を覚えたはいいけど発音が無茶苦茶で役に立たない可能性大です。

 とりあえず人生行き当たりばったりなんでなんとかなるでしょう。


 「なんとかなるでしょう」、とか書いてますが実際はめちゃくちゃ不安です(;´д`)

 マライ リンガタ ラギョ(;´д`)

 ナマステ


« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月09日

ICI G-LIGHTテントゲット!


Softbank X01HT (シャッター速度 不明 絞り 不明 ISO感度 不明)



 まだ北アルプスへは登っていません(;´д`)

 しかーし!自宅から400Kmも離れた場所でお目当てのテントを手に入れてきました。ウーヤヒャーッホー!

 これで安心してヒマラヤに行けます!

 このICIのG-LIGHTというテントは新素材X-TREKファブリクスという生地を使った軽量テントです。新素材と言っても実は裏地が今までとちょっと違うだけで基本的にはゴアテックスです。しかし、大人の事情でテント生地には「ゴアテックス」という名前が使えなくなったのでジャパンゴアテックス社が苦肉の策で作った素材だそうです。

 だけど、裏地が変わった事により、より結露がしにくくなったり、強度が増したり、軽くなったりしています。ちなみに、これまでのICIのゴアライトテントより7%軽くなっているそうです。

 テントを手に入れるために今日から登る予定だった北アルプスの計画がちょっとズレてしまったけど、今の時点では超限定品のこのテントを無事に手に入れられてホッとしています。

 ICI様ありがとうございます。

 さっそく、明日から北アルプスで使ってみよう!

 って、どこに登るか考えなきゃ(;´д`)



« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月11日

ジャンダルムのヘリ事故

上高地に下山したのが15時でした。

ヘリの音が聞こえてきたので空を見上げると、岳沢上空から侵入してきたヘリが少し戸惑いながらジャンダルム方面に近づいて行くのが見えました。

これまでに山でよく見かけたヘリのレスキューシーンは到着からピックアップまでがあっというまでした。

しかし、今日のヘリは岩場に接近しては離れを何度も繰り返し、かなり難しいレスキューなんだなと想像がつきました。

なんとなしにカメラをヘリに向け何枚かの写真を撮りました。

写真のデータを見ると15時15分となっています。

肉眼で見ていてもヘリはかなり岩場に接近しているのがわかりました。
身軽な東邦のヘリならまだしも県警のヘリであそこまでギリギリの接近をするのは見たことがなく、ちょっと驚きでした。

僕が見ていたのは上高地からなので角度や距離の関係で正確な位置関係は分かりませんが、写真を拡大してみると対地高度は5mもないように見えます。

しばらくするとジャンダルムのあたりには断続的にガスが出始め、ヘリの姿は何度もガスの中に消えるようになってきました。

そのうちピックアップも終わるだろうと思いながら、僕はヘリのホバリングの音を聞きながら別サイトの日記の下書きをしていました。

するとホバリング音よりほんの少し大きな音で「ドン」という爆発音が聞こえてきました。

え?

と、思った次の瞬間からヘリのホバリング音が消え、あたりが静かになりました。

まさかと胸がざわついたけど、もしかしたら飛騨側に急下降して音が消えたんじゃないかと自分を信じ込ませました。

しばらく梓川沿いに座り空を見上げていたけど、何かが燃えているような煙も見えなかったし後続のヘリもやってきませんでした。

僕に何が出来たわけでもないけど、今少し胸が苦しいです。


僕はあの音を聞いた瞬間に「墜ちた」と理解しました。

だけど僕は気のせいだと自分を信じ込ませ20分ほどたってからその場をあとにしました。

もしも、誤報を承知で「墜ちた」と感じた瞬間に通報すれば数分差の奇跡で何かが変わったんじゃないかと自分を責めてしまいます。

無意味とは思いながらも自分を責める気持ちが消えません。


僕の職場では毎日人が死んでいきます。

その死を僕は数字としてしかとらえていず、時々「自分の感覚が麻痺してる」という見えない恐怖を感じることがありました。

だけど、今日のあの爆発音は今も耳にしっかりと残り、どうしようもないのに自分の無力さと理解を超えた悲しみが心の深いところにへばりついています。

山を愛する者として、山で誰かが死ぬということはとても悲しいことです。


旅の途中

長野県にて



« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

2009年09月14日

若鮎2 15時15分

IMG_4099.JPG

さきほど帰宅しました。

ピクセル等倍で切り出した9月11日15時15分の防災ヘリ若鮎2の写真です。

同日15時10分に同エリアを撮影していますが
そこには若鮎2の機影は写っていませんでした。
また15時10分の時点ですでにジャンダルム付近はガスがかかっていました。

吊尾根付近を撮影中にヘリの音が聞こえてきて
すぐにヘリにカメラを向けたのでヘリの到着は15時13分~14分の間だと思います。

若鮎2が写った写真は全部で6枚あり約1分間の間の撮影でした。
その一分の間、若鮎2は遭難現場付近で移動を続けており
完全なホバリング体制には入っていないようでした。

この6枚の撮影の後さらにガスが濃くなり
ヘリの姿が何度もガスの中に消えるようになりました。

その後、飛騨側に高度を下げたのか完全にガスに包まれたのかは記憶にないのですが
ドンというあまり大きくない爆発音の後にヘリの音が完全に消えてしまいました。

岐阜県警に連絡後、必要であれば送付する予定です。



« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

岐阜県警へ連絡しました(若鮎2墜落)

IMG_4095.JPG

岐阜県警高山署に連絡を取りました。




墜落前後の写真を提供して欲しいということで

事故前~事故後の25分間に写した写真をすべて送りました。




撮影した機材は後日証拠品として

警察に提出する必要があるかもしれないとのことでした。




若鮎2が写った6枚の写真を並べてみると

意図した操縦なのか、強い風に流されたかは分かりませんが

秒速1~3mで西から東側へ後退しているように見えます。




撮影はほぼ10秒間隔だったのですが

ガスの動きはかなり変則的で

当時の現場はかなり複雑な風が吹いていただろうと想像できます。

かなり難しい飛行だったと思います。




僕のような素人があれこれ分析しても意味がないと思うので

あとは警察にお任せしたいと思います。





想像はしていましたがこの事故に関していろんな意見がでています。

事故の責任者探しも始まっているようです。

それは確かに仕方がない事だとは思います。




だけど、あの日の彼らを見ていた僕は本当に胸が震えました。

ガスが湧いてきても彼らは引きませんでした。

もちろんそれは無謀と呼ばれても仕方がないと思います。

正直に言えば彼らの飛行を見ていた僕自身も無謀だと感じました。




だけど、刻一刻とガスが濃くなっていく中で

彼らには「この飛行で必ず救う」という意気込みが感じられました。

遠く離れた場所にいてもそれを感じることができました。




彼らが救おうとした命はその時すでに尽きていたけど

それでも「命が尽きた人間」を彼らは救おうとしました。

結果だけで語られる今の時代では彼らの行動は叩かれるかもしれません。

でも、誰かのために命を懸けた彼らの生き様に僕は心を打たれます。




僕は誰かのために飛んでいる彼らを見て

素直に「格好いいな」と思いました。

陳腐な表現だけど本当に彼らがヒーローに見えました。





あの最後の音は今も耳から離れません。

でも、忘れる必要もないんだと思っています。



« 2009年08月 | メイン | 2009年10月 »

撮影者について

alone in the mountain へ

掲示板

 撮影者:ぐり~ん♪

 ・このブログについて
 山行記を書かなかった山行の写真を載せたり、日々の生活や旅の途中での一枚を載せていく予定です。
 マメに更新するようなコンテンツがなかったためこういう場を作ってみました。

 っていうか新しいカメラを買ったのでイチビってるだけです(;´д`)

 あと、基本的に打たれ弱いのでコメント欄とかはないです。

 こましなカメラを買ったばかりの素人が、それなりの写真を撮れるようになるまでの努力を晒し続けるためのブログです。

2010年03月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カテゴリー