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「笑えない理由」


 右の前歯が他よりちょっとだけ大きいのは、生まれつきじゃないんです。

 4年ほど前に悪ふざけをしていて前歯を折ってしまったのです。
 アホ友達との酒盛りの席でバーボンをボトルのままラッパ飲みしていました。
こうやって書くと、
「オレって酒が強いのさ、ふっ」
と言ってるようですが、実はお酒は全然ダメです。ただ単にぬるいストレートのバーボンが好きなだけで、ちょっと飲んだだけで 喋らなくてもいいような恥ずかしい失敗談を喋ったりしちゃいます。
 話を戻しましょう。
 前歯が折れた理由なんですが・・・実は・・・
僕のくわえてるバーボンのボトルの底を当時の彼女がおもいっきりパンチしてきたのです。
前歯が折れるほどの勢いで!!
 ひどいことする彼女でしょ!!みんな僕に同情してね。
でもホントは、僕が彼女にもっとひどいことをしただけなんです。彼女に同情してやってください。
  さらに話を戻しましょう。
 最初は折れた前歯を瞬間接着剤でくっつけようとしたんですが、これがなかなかうまくいきませんでした。間違って隣の歯の上に折れた歯をくっつけたりしら外を出歩けなくなってしまうので、仕方なく歯医者に行くことにしました。
 
 引っ越しをしたばかりでどこが上手な歯医者なのかも分からなかったので、家から一番近い歯医者さんに向かいました。
 中に入ると、歯科医院と言うよりも普通の民家の中に歯医者さんの機材を置いてるだけのようなところでした。玄関はまさに普通の民家の玄関だし、待合室と治療室の間に壁などありません。なかでボケーと突っ立ってる先生も、先生と言うよりも縁側でたそがれてるただのおじいさんと言う感じでした。
 ちょっと不安になってしまいましたが、歯抜けのまま生きていくのもサミシイので
「もうどうにでもしやがれ!!」
と腹を据えて順番を待ちました。と言うよりも、僕以外に患者は居ませんでした。
 すぐに爺さん先生に呼ばれ、古びた電気イスのようなイスに座りました。
 普通の歯医者さんなら背もたれが自動で動くのに、ここの歯医者にはそんな設備はありません。歯医者チックだけど普通のイスなんです。唾液を吸い取るバキュームなんてのもありません。脱脂綿を大量に口の中につっこんで唾液を吸い取るのです。
 とんでもないとこに来てしまったと思いながらも、その日は新しい歯を作るための型を取るだけで無事に生還しました。
 そして一週間後、差し歯が出来たとの連絡が入ったので、さっそく男前を取り戻すべく、歯医者に向かいました。
 今回も患者は僕一人だけでした。すぐに治療が始まりました。
 リクライニングのないイスに座ると爺さん先生が
「新しい前歯が出来ましたよ」
と言って、出来たばかりの差し歯を見せてくれました。
「!!」
爺さん先生が見せてくれた差し歯は人間の歯とは思えないほど大きな歯なのです。
「おいこら、ジイさん!!そんなに、でかい歯入れるんかい!!」
と思いながらも、気が小さいので何も言えません・・・
きっと削ってくれるんだよ。と自分を納得させて、爺さん先生を信じました。
 爺さん先生は、右手にドリル左手にでかい差し歯を持って削りはじめてくれました。爺さん先生もさすがにでかすぎると分かってくれていたみたいです。ホッとして、爺さん先生の作業が終わるまで目を閉じて待つことにしました。
 ウィーーンウィーーンと差し歯を削っている音が聞こえます。
よかったよかった♪あんなにでかい歯を入れられたら、ビーバーに転職するしかないもんな。などと物思いにふけっていると、
「シュパーー!!コン、カラン、コト」
と、何かが飛んでいく音が聞こえたのです。
 目を開けると爺さん先生が、床をはいずりまわっています。僕は何が起こったのか分からないので、爺さん先生を眺めていました。
「あった、あった」
と、爺さん先生が伸ばした右手の先には、僕の口の中に入る予定のでかい差し歯が・・・
「おいこらジジイ、人の歯をなにしとんねん!!」とジジイの胸ぐら掴み・たかったのですが気が小さいのでやめました。
爺さん先生は、また差し歯を削りはじめました。
ウィーーンウィーーン
シュパーー!!今度は僕の目の前をデカイ歯が飛んでいきました。
「ウ〜〜ガル〜〜ワンワン!!ガブッチョ!!」と、思いながらもガマンガマン。
 ウィーーンウィーーン
シュパーー!!コン、カラン、コト
 ウィーーンウィーーン
シュパーー!!
「イテッ」
 ウィーーンウィーーン
シュパーー!!コン、カラン、コト
 ウィーーンウィーーン
シュパーー!!
「イテッ」
これじゃまるで、マフィアの銃撃戦の中で治療を待っているようなものです。
 さすがの僕も堪忍袋の緒が切れました。緒が切れたと同時に堪忍袋の底も抜けちゃいました。
「もういいです。そのまま付けてください・・・ゴメンナサイ」
爺さん先生はヒョイヒョイと、いともあっさりデカイ差し歯を僕の口の中に装着しました。
「おいこら!!さっきまでの怪しい手付きはなんだったんだ!!」
と言う言葉も気の小さいボクチンですから、いともあっさり飲み込みました。

 その後、別の歯医者さんに行ってデカイ歯を削ってもらったのは言うまでもありません。
しかし今でも、右の前歯は左のそれと比べると遙かにデカイです。
 いまだに人前で大きく口を開けて笑うことなどできません。もし僕と会う機会があっても歯のことで笑わないでくださいね。

 最後に、爺さん先生の歯医者で会計を済ませてるときに爺さん先生からいただいたありがたい言葉を記してこの文章を終わりにしたいと思います。
「心配しなくてもそのうちなれるからね♪」
なれね〜よ!!ジジイ!!

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