alone in the mountain
初登山・八剣山(八経ヶ岳)
     1985/08/12〜17
     メンバー ぐり〜ん♪ フクサン
     天候 晴れとか、雨とか、いろいろ
     山域 大峰山地(奈良)
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行程
8/12
天川村川合 (テント泊)

8/13
天川村川合→白川八丁 (星見ビバーグ)

8/14
白川八丁→双門滝 (ビバーグ)

8/15
双門滝→川原小屋 (避難小屋泊)

8/16
川原小屋→狼平→弥山→八剣山→弥山 (テント泊)

8/17
弥山→八剣山→弥山→狼平→栃尾辻→天川村川合

 懐かしい日記が見つかった。
15歳の夏に僕と親友の二人で初登山に行ったときの日記だ。
汚い字で殴り書きされたその日記を読んでいると、その時の出来事が五感までをも刺激しながら蘇ってくる。

弥山川で泳ぐ
ノンビリ登山
8/12
 「本日未明、羽田発大阪空港行き日本航空123便が群馬県の山中で消息を絶ちました」
 ラジオからそんなニュースが飛び込んできた。

 弥山川のほとりでテントを張り、明日からの登山にワクワクしながら遅めの晩飯を作っている最中だった。
 僕とフクサンは晩飯を作る手を止め、口も聞かずにラジオに聞き入った。


 当時、僕らは15歳。植村直己に憧れる少年だった。
夏休みが始まって間もなく、僕とフクサンは、学校でもらった社会科で使う地図帳を広げ、今年の夏のキャンプはどこに行くかを話し合った。
「近畿で一番高い山に登ろう」
と、どちらからともなく意見が出て、あっさりとその意見が採用された。
二人で地図帳を覗き込み、近畿で最も高い山を探す。
「この、八剣山ってのが一番高そうだな」
とフクサンが地図帳の一点を指差した。


スニーカー
登山靴なんて買えなかった
8/13
 僕らの朝はいつも遅い。
10時過ぎにゆっくりと目を覚まし、朝食用に持ってきたカンパンを食べる。今回の登山のために持ってきた食料は朝昼用のカンパンと夜用のラーメン、これらを一週間分。十分すぎる量だ。しかも、沢沿いに登っていく予定だから水にも困らない。

 昼過ぎに荷物をたたみ、ノンビリと出発。車などまったく通らない国道309号線を歩き、弥山川登山口へ。ふざけながら川原を歩き白川八丁に到着。

「景色もいいし今日はここで寝よう」と僕。
「OK、じゃぁ今日は星を見ながら寝よう」とフクサン。
この日も、ほとんど歩かずに行動終了。

 地面にフライシートを敷き、その上にシュラフを広げる。
太陽が沈み、あたりが暗闇に包まれると星たちが輝きだす。
白鳥座を飲み込むように天の川が流れ、ペルセウス座流星群が時々空を切り裂く。
僕らの住む大阪では見ることの出来ない星空だった。

 寝転んだまま星を見ながら、どちらからともなく女の子の話になる。
「オマエの好きな娘って誰?」
最初は照れあいながら話していたが、時間がたつにつれお互い大胆になり、最後は誰もいないのをいいことに、大声で女の子の名前を叫んだりした。


ガマ滝で地図チェック中
8/14
 完全にルートを見失った。
いつのまにかルートを外れ、左右と前方をそそり立つ壁に挟まれ、それ以上先には進めなくなった。

 登ってきたルートを振り返ると、体力任せに登ってきた崖が遥か下まで続いている。
どう考えてもこれ以上、上へ登っていく技術はない。かといって疲れ果てた僕らに、今登って来た崖をザイルもなしに無事に下る自信はなかった。

 フクサンがザックの中からテープレコーダーを取り出す。
「もしものことを考えて、カセットテープに遺書を残そう。」
赤い録音ボタンを押し二人で家族へのメッセージを録音しはじめた。

 しかし、神妙な顔をして録音しているお互いの姿を見ていると、あまりのバカバカしさに思わず吹き出してしまった。二人して大笑いすると、恐怖心や焦りはどこかに消えてなくなり、勇気を回復できた僕らは滑り落ちるように崖を下り始めた。

 弥山川まで戻り、双門滝を越える頃にはすでに日が暮れ始めていた。
これ以上歩くのは危険だからと、テントを張る場所を探すが、川原にはテントをはれるほどのスペースはなかった。
 仕方なく大きな岩と岩の間に大きめの石をオモシにしてフライシートを張り、その下で眠ることにした。

 深夜に顔にかかる雨で目を覚ました。
決して強い雨ではないが、やみそうな気配はまったくない。
すでに、シュラフは雨でグショグショで寒くて眠れない。

 水に濡れたシュラフが気持ち悪くなり、シュラフから這い出した瞬間、強い風が吹いた。岩の上に張っていたフライシートがバタつき、オモシに使っていた大きな石が僕の左足の上に落ちてきた。思わぬ激痛に身体をよじり、暖をとるために点けていたランタンをひっくり返してしまう。ホヤが割れガスの噴出す音がさらに大きく聞こえた。

 あまりの痛みに声が出ない。しばらくすると左足の親指が腫れ上がってきた。
 この後、一ヶ月以上に渡り、この痛みに苦しむことになるなんて、この時は知る由もなかった。

 泣きたくなるのを堪えながら、ただひたすら夜が明けるのを待った。
朝になれば、すべてが上手くいくような根拠のない希望があった。

 
8/15
 歩き始めると、やはり左足に激痛が走る。だけど、僕らに撤退の2文字はなかった。
 左足をかばうように梯子や鎖場をクリアして行き、何とか河原小屋(避難小屋)までたどり着いた。
 
河原小屋
 足をかばいながらの歩行に疲れ果てた僕に、
「紅茶でも飲みに行かないか?」と相棒のフクサンが気を使ってくれる。
ウンと頷き、お互いザックの中からコッフェルを取り出し川原に向かう。
コッフェルで川の水をすくい、煮沸もせずに紅茶のティーパックを入れる。
これで出来上がりだ。
おかわりが欲しければ好きなだけ飲めばいい。

 この時の美味しい紅茶の味は、今でも口の中に残っている。


8/16
 弥山小屋に荷物を置かせてもらい最後のアタックだ。
「よし、いよいよだな」とフクサン。
めざす八剣山山頂は目と鼻の先。
痛みを忘れるほど足取りは軽い。

 山頂の手前1mで登るのをやめ、フクサンに先を譲る。
今回の登山でお世話になったお礼だ。
「ありがとう」
「あいよ!」
そして、お互いに最後の一歩踏み出し、僕らは憧れの近畿最高峰・八剣山山頂にたった。

相棒と八剣山山頂にて
 山頂からの展望は僕らの期待を裏切らなかった。自分たちを取り巻く山々の名前は、どれ一つ分からなかったけれど、初めて見る大パノラマに感動した。
 標高1914mなんて高度に来たこと自体が初めてだった。この瞬間、近畿地方で僕らよりも高いところには人間がいないということにも、なにか痛快な感じがした。

 何度もガスが現れては流れ去り、僕らは小一時間ほど山頂で景色にみとれた。

 弥山にもどり、小屋から離れたところにテントを張った。
夜になり空を見上げると、白川八丁で見た星空よりもさらにスケールの大きな星空が見えた。しかし、8月だというのに吐く息が白くなるほどの寒さで、長時間外にいることはできなかった。


 あまりの寒さに寝付けず、テントの中で夜遅くまで夢を語り合った。

「次は富士山に行きたいよな」とフクサンが言えば、
「おう!絶対に行こうぜ!」と僕が答える。
「いつかはエベレストに行きたいよなぁ」と僕が言えば、
「おう!絶対に行こうぜ!」とフクサンが答える。

 あの頃の僕らに不可能はなかった。
永遠に15歳でいられるような気がしていたし、やりたいことはすべて叶えることが出来ると信じて疑わなかった。
 そして、本当に大切なものが何かも知っていた。


4人用ドームテントを
背負って登りました
8/17
 朝からもう一度八剣山の山頂に登り山頂の石を拾ってきた。

 そしてテントをたたみ、その後はひたすらに山を下った。
膝が笑おうと、息が切れようとひたすら下った。
登頂に5日もかかった山が、ほんの数時間で下れてしまった。
 途中で一泊する予定だったのに、あまりにもあっけなく下れてしまったことに、純粋に不思議さを感じた。
「どうなってるんだ?この山?」と笑いあった。

 山のことなど何も知らずに、只々ガムシャラに歩いた、15歳の夏だった。



そして今
 僕ら二人は、そうなりたいと願ったわけじゃないのに、「大人」といわれる生き物になった。
 夢を忘れ、建前と虚栄とお金のためだけに人生を費やすようになった。
いったい、どこに大切なものを置き忘れてきたのだろう。

 あの山の上にいた僕らは、今の僕らをどんな気持ちで見おろしているのだろうか。






この登山から7年後、フクサンはひとりで富士山の山頂に立った。
僕は、まだその頂を踏んでいない。

今年は、少年時代の自分の夢を叶えてやりたいと思っている。


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