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行程
自宅→石川サイクリングロード→太子町→竹内峠→万葉の森→馬の背→二上山雌岳→馬の背→万葉の森→石川サイクリングロード→自宅 |
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サイクリングロード快走中
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押しつぶされそうな不安と絶望感に襲われ、一人で部屋にいるとすぐにでも発狂しそうな気がしてきた。
自我をも飲み込んでしまいそうな恐怖に耐え切れず、処方された倍の量の抗鬱剤を噛み砕いた。
それでも恐怖は僕に襲いかかり、僕は逃げ出すように自転車にまたがり外へ飛び出した。
「どこでもいい、俺を外へ連れ出してくれ」
自転車にそう語りかけペダルを強く踏み込んだ。行き先なんて何も考えていなかった。どこでもいいから息が切れるほど走りたかった。
肉体的に自分を追い込み、自分を飲み込もうとする悪夢から少しでもいいから逃げ出したかった。
この一年間のトレーニングでちょっとやそっとでは、息があがるようなことはなくなった。平地を自転車で流すくらいではこの不安感から逃れることが無理なことは解っていた。
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まずは竹内峠を制覇
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だから足は自然と山へと向かった。
自転車で延々と坂道を登っていると無心になれる。
息を切らし喘ぎながら汗を滴らせ、ひたすら自分との戦いになる。
ペダルを一回転させるたびに無意識のうちに
「頑張れ頑張れ」と自分を励ましながら登っていく。
他には何も考えられない。
心拍計を見ながら自分の限界ペースでひたすら登るだけだ。
気が付くと奈良と大阪の県境、竹内峠についていた。
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自転車はここまで
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不安感や気が狂ってしまいそうな恐怖は坂の途中で落としてきたらしい。
爽快な汗が流れ、自分の荒い呼吸音が心地よい音楽のように聴こえてくる。
何をするでもなく峠にたたずむ。
そしてふと思った。
「山に登ろう。僕を支配しようとする恐怖と不安を完膚なきまで叩き潰すために」
そう決めると、自転車を登山口の入り口にある老木にワイヤー錠で括りつけた。
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梅が咲いていました
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山に登る道具は何一つ持ってきてなかったが、とにかく山に登りたかった。
登り始めてすぐに梅の花が僕を出迎えてくれた。
一年前に登山に復帰した頃は、標高を50m稼ぐだけで息切れして歩けなくなっていたのに、今では走りでもしない限り息切れすることはなくなった。
そこまで強くなった理由は心肺機能が強化されたということもあるだろうが、それよりも自分の登山のリズムというものが分かって来たという事もあるだろう。
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雫したたる椿
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人は自分のリズムを崩さずに一歩一歩を踏み出していくと、ちょっとやそっとでは疲れないし、つまづいて倒れることもない。
きっと、人生もそうだろう。
今の僕は、ちょっとしたつまずきからリズムを狂わせ、自分を見失っているだけだろう。
落ち着いて自分のリズムを取り返せば、再び僕は僕らしく生きていくことが出来るはずだ。
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山頂から大和三山
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「山は哲」と言ったのは誰だったろう。
どんなに辛く厳しい山でも一歩一歩を確実に踏み出していけば、たとえその一歩が10センチしかなくてもいつかは山頂にたどり着くことが出来る。
しかし、目標を見失えばその一歩一歩は死への行進へと変わってしまう。
今僕は何か目標を持っているだろうか?
泣くだけの毎日で無駄に時間を過していないだろうか?
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サイクリスト登頂成功
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しかし、あせってはいけない。
今の僕の目標は一人で立てるようになることだけだ。
それ以外は考える必要はない。
その目標を一歩一歩確実に登っていこう。
いつの日か、「今の現実」を笑いながら思い出せる日が来るはずだ。
そんなことを考えているうちに二上山の山頂に着いていた。
下界を見下ろすと沢山のビルや家が見える。それぞれの屋根の下にそれぞれのドラマがあり、ある人は笑い、ある人は泣き、ある人は怒り、そして生まれてくる命もあれば死んでいく命もあるだろう。
僕の悩みや不安、恐怖も普段はこの豆粒のような街の中に埋もれて、見つけるのが困難なほどのつまらない悩みなのだろう。
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老木と
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山から降ると老木に寄り添うように、僕の自転車が待っていてくれた。
「さあ、行こうか」
自転車にまたがり峠道を猛スピードでくだって行く。
スピードメーターに一瞬目をやると想像以上にスピードが出ていて、軽い恐怖を感じた。
死のうと思い自殺未遂までしてしまった僕が自転車ごときのスピードに恐怖を覚えている。
きっとこの恐怖は僕が生きたいという証なのだろう。
一瞬ブレーキを握りかけた手を元に戻し、さらにスピードを上げた。
自分の「生きたい」という感情を、もっと鮮明に見てみたかったから・・・。
どうしても辛くなったら、また山に戻ってこよう。
ここには、僕を勇気づける何かがある。
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宝物だから室内保管
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家に帰り、自転車を部屋に入れた。
外に駐輪場はあるのだが、いつも僕はこの自転車を室内で保管している。
この自転車が僕にとって一番の宝物だからだ。
友子、君がプレゼントしてくれた自転車は、君がいなくなってからも僕を勇気づけてくれているよ。
ひとりで歩けるようになるまで、僕はもう少しリハビリが必要みたいだけど、もうじき一人で歩けるようになると思うよ。
そして、一人で歩けるようになって、もっと大きな男になったら君のことをもう一度迎えに行くよ。
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