alone in the mountain
ナカムラ(日和田山)

   2009/7/19
   メンバー ぐり〜ん ポーターK
   天候 曇り
   山域 奥武蔵(埼玉県)

行程

7/19

 登山口→男坂→日和田山→女坂→登山口





 ナカムラと僕は考え方が似ていた。

 ナカムラも僕も死後の世界や輪廻転生など信じてなく、死ねばそれですべてが終わると考えていた。

 哲学的というよりも科学的に死生観を捉えていた。








 ナカムラは少し変わった男だった。

 頭の回転の速さは折り紙付きで、IQテストをやれば間違いなく恐ろしい数値を叩き出しただろう。

 並の天才ではなかった。
ただ、天才に分類されるべき男なのは間違いなかったが、天才故に持っている苦悩というものを抑える術を持っていなかった。


 医者の息子として生まれ親の跡を継ぐ為に医大に進学したが、親の敷いたレールを歩くことを嫌いあっさりと医大を辞め芸大に移った。




 ナカムラは、自分の頭の中にあるモノを映像化したいといつも口にしていた。

 だが、ナカムラの頭の中は悲しみと怒りと寂しさにあふれていた。



 だからナカムラの創る映像にはいつも狂気が見え隠れしていた。

 それらの狂気を飲み込むために、ナカムラには大量のアルコールが必要だった。

 部屋に行けばいつも無数の空き瓶が転がっていた。

 そして部屋の中を這いずり回る手首の幻覚といつも闘っていた。








 無理矢理連れて行かれた病院で医者はナカムラにこう言った。


 「今、アルコールを辞めなければ確実に死ぬよ」


 それまで生きることに執着を見せたことがなかったナカムラが初めて生きようとした。だがそれは医者に脅されたからではく、その頃できた恋人と生きて行きたいと言う願いからだった。


 そして、ナカムラのすべてはいい方向へ向かい始めた。









 大学を出たナカムラは大阪を離れ東京の出版社へ就職した。

 その就職先は僕から見れば天才肌のナカムラには似合わない職場だと思ったが、ナカムラ自身はその職場を心から気に入り、時々電話をしてきては弾んだ声で仕事の話をしてくれた。









 ナカムラが東京に就職して会う機会が減ってしまったが、何年かぶりに秩父湖のほとりで会うことにした。


 僕もナカムラもバイクが好きだった。


 ナカムラは頭がいいだけでなく、バイクに乗せると天才的なライディングをみせてくれた。医大から芸大に移る前にオーストラリアのレーシングスクールに留学し、常にベスト3の成績を残した。それだけの腕を持ちながらナカムラはレーサーを志すことはなく、たまに峠で飛ばす以外は、ノンビリとツーリングする事を好んだ。


 僕らはその日、秩父湖の周りをバイクで走り、夜は秩父湖のほとりにあるナカムラの彼女の家で一緒に食事をした。


 久しぶりに酒でも飲もうと誘ったが、ナカムラは一滴も酒を飲まなかった。


 あの日から完全にアルコールを断ったんだなという嬉しい気持ちと、何も考えずに酒に誘った自分の恥ずかしさが入り乱れたが、ナカムラはそんな僕を優しい顔で笑ってくれた。









 その後もナカムラとは電話で連絡を取り合ったが、会う機会はなかなかなかった。

 何年かたつと少しずつ電話の頻度が減り、気が付くと2年間連絡を取り合っていなかった。

 だが、そのうちどちらかから自然に連絡を取るだろうと、あまり気にもしなかった。








 ナカムラと僕の共通の友人から僕に電話がかかってきた。

 共通の友人というよりも、僕にとってもナカムラにとっても元恋人という存在の人物だった。僕らはそんな好みまで似ていたのだろう。



 だが、その二人の元恋人からの声は寂しい音だった。




 「私もちょっと前に知ったけど、1年前に死んだよ、ナカムラ」




 何かの間違いだろうと思った。

 だけど、彼女は続けた。



 「心臓が悪くなって亡くなったそうよ。この間お墓参りにも行ってきた。」





 「一年前に死んでいた」という過去形の事実が僕の中の悲しみを薄くしたからだろうか、僕は驚いたが悲しくはなかった。


 ただ事実を心の深いところでしっかりと受け止めた。


 それに、ナカムラにとっての人生の最後の何ページかは、間違いなく笑顔に包まれた人生だったことを知っている。だから僕はあまり悲しくなかったのかもしれない。


 アルコールがないと消えない苦悩も、部屋の中を這いずり回る手首の幻覚も、僕が秩父湖で最後に会ったナカムラにはもう過去の話だった。


 ナカムラはきっとあの笑顔のまま死んでいったのだろう。








 あの日から10年がたった。

 秩父湖のほとりに車を止め、僕はカメラを湖面に向けた。



 思い出そうとしたが、ナカムラと走ったあの日の道の情景はあまり思い出せなかった。


 僕は車のエンジンをかけ、今日登る予定の山へ向かおうと思った。

 だけど、その前にナカムラとバイクで走った秩父湖の湖岸を走ることにした。




 僕もナカムラも死後の世界なんて信じていなかった。

 これを書いている今も死後の世界なんて存在しないと思っている。



 だけど、秩父湖岸のタイトな左コーナーを曲がり始めた瞬間、僕は確実にナカムラの存在を感じた。



 最後に会った時と同じあの穏やかだったナカムラを感じた。

 もう涙を我慢する必要がないことは分かっていた。

 だから僕は遠慮せずに泣いた。



 ナカムラが死んでから初めて泣いた。



 今、確実にナカムラがそばにいることを感じながら僕は泣いた。


 自分の心とシンクロするナカムラのあたたかさを感じながら泣いた。



 ナカムラの声は聞こえなかったが、きっとこう言いながら笑っていたと思う。


 「最近、涙もろくなってるな。歳を取った証拠だな」








 ナカムラ。

 どうだ?死後の世界はあったか?

 俺はまだそんなおとぎ話は信じてないよ。



 そんな世界は信じてないけど、ナカムラが今日秩父湖に来てくれたことはちゃんと感じた。

 オマエ、確実にいたよな。



 もし死後の世界があるのならもう少しだけ待っててくれよ。

 どうせ、あと数年もすりゃ俺だってそっちに行くだろう。



 俺がそっちに行ったらまたバイクで一緒に走ろう。

 こっちではオマエの背中を追いかけてばかりだったけど、バイクの性能が同じなら負けやしないって今でも思ってる。


 そのへんはっきりさせようぜ。






 夕方から登った日和田山は美しい夕景色を見せてくれた。

 初めて登った埼玉の山は空が広く、そしてまた広かった。






 
ナカムラ、オマエも今この空を見てるんだろ。

また会おう。ナカムラ。



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